こんにちは。
今日は私の躁うつ病になったきっかけや今に至るまでの生活について書きたいと思います。
躁うつ病とは?

躁うつ病は、双極性障害や気分障害と呼ばれます。
活動的でハイテンションな躁状態、無気力で憂鬱な鬱状態を繰り返します。
躁状態のときは、やる気に満ちていて無敵です。あまり寝ないでも大丈夫ですし、多弁で早口、あれこれと考えがひらめき、色々なことに手を付けます。
誰かれ関係なく話したくなり、行動的で、性に奔放になったり、借金をしてでも大きな買い物をしたくなったりと、行動に制限がなくなります。
鬱状態はよく知られている状態です。
無気力になり、人に会いたくなくなったり、仕事に行けない、死にたいなど、抑うつされている状態です。
躁状態と鬱状態の波のコントロールはできず、日頃から気分の波が大きいです。
躁鬱の周期
躁と鬱の波は人によって周期が違います。
私はほとんど躁状態で薬を飲んでいます。10年くらいに一度大きな鬱になりますが、日頃から小さな躁状態と鬱状態を繰り返しています。
ラピッドサイクラーという、朝は鬱、夕方躁などどとても早い周期で繰り返す方もいるそうです。
治療法
基本的には投薬治療になりますが、カウンセリング法を受ける方もいます。
躁状態と鬱状態により薬が変わったりもし、抗うつ薬や不安薬、気分安定薬などがあります。
私はリチウムとエビリファイを飲んでいます。
カウンセリングは受けたことはないです。
躁うつ病が発覚するまで

高校時代に鬱、パニック障害、強迫性障害と経験した私ですが、その後回復したと信じ込んでいました。
リストカットや過呼吸もなくなり、自殺願望はまったくなくなり、日々を過ごします。
スタバのアルバイトを辞め、アパレル業で働き、2013年当時、私はフランスの有名ブランドで働いていました。
久しぶりの鬱
初めての業界で働いていたこともあり、毎日叱られて過ごしていました。
メンズブランドにいたのですが、際限なく叱られ求められることも多く、必死に働く毎日でした。
ですがそれも足りず、いじめを受けることになります。
仕事もうまくいかない、人間関係もうまくいかず、毎日ストレスでした。
食欲もなくなり、耳も聞こえず(私は強いストレスを感じると右耳が聞こえなくなります。)、胃炎になったりしながらも通勤していました。
通勤中調べることは決まって自分の病気の可能性でした。
毎日なんでできないんだと責められていたため、自分はどこかおかしいんだ、頭がとてつもなく悪いんだと自責していました。
限度を超えそうになり、もう本当にこれ以上働けないと思ったときに退職を決意、上司に相談し、異動が決まりました。
異動
異動先ではいじめられることもなく、また今まで責められていたことが嘘だったかのように、バリバリ働くことができました。
人間関係もよく、毎日楽しくて、働き甲斐もあり、充実した毎日を過ごしていましたが、今思うと鬱からの躁状態だったんだと思います。
あまり寝ず、異性関係は奔放、上司や同僚につっかかり喧嘩したり、ハイテンションで話していたかと思いきや、少し気になるとイライラしだして歯向かう。かなり手に負えない状態だったと思います。
その後私は語学力上達のため、ワーホリで1年間オーストラリアに行きます。
帰国後

オーストラリアで1年間過ごし、完全なる躁状態で帰国し、すぐカナダへ行きましたが、合わず、すぐ帰国します。
1年いる予定でしたが1週間で帰国しました。
そこからオフィスビルで働いてみたいと思い、丸の内OLになります。
初めての事務職でしたが、半年でクビになります。
転職に関しては改めて書きます。
そこから誰もが知っているフランスのブランドに就職します。
大手アパレルに戻る
ファッションと言えばの表参道にまた戻ってきました。
すごく厳しい職場だったので、叱られながら監視されながら、モチベーション高く毎日働いていました。人間関係は特に悩みなく、ただ厳しい先輩や上司と働き、緊張感のある職場でした。
ある程度仕事が慣れてくるころ、また私の喧嘩っ早いところが出て来ます。
本人は正義感で意見を言っていると認識していますが、周りから見るとただ波風を立てているだけです。
上司後輩関係なく意見をします。たまにがっつり怒られて、ギャン泣きしたりもします。
感情があっちこっち行って、それでも理解者や面白がっている先輩もいて、毎日楽しく過ごしていました。
異動
恐らく手に負えなくなった上司により、私は地方に異動になりました。
異動先の店長は、都内のベテラン店長たちを育てたカリスマ店長。
店員たちを鬱にさせては辞めさせるという噂の絶えない店長でしたが、いや負けないし大丈夫私には関係ない、むしろ好かれるんじゃない?という気持ちで挑みました。
結果ダメでした。
毎日1時間VIPルームに呼ばれ、「あなたって本当に可哀そうね。接客もできないし、なんにもできないのに、誰にも教えてもらえなかったのね。あー本当に可哀そう」と繰り返し言われる日々。
ある日心が折れました。
帰宅中、ああこのまま電車に飛び込んじゃおうかなと考え始め、涙が出て来たので、表参道でお世話になった先輩に即電話し、もう休みなさいと言ってもらいます。
久しぶりの心療内科

完全なる鬱状態で昔通っていた心療内科に飛び込みます。
診断の結果、躁うつ病ともしかしたら人格障害かもと言われます。
そのときに初めて躁うつ病のことを調べ、まったくもって私のことだ、と認識します。
久しぶりの投薬治療
いろいろな薬を処方されるのですが、どれも副作用が強く、吐き気でご飯が食べられなくなったり、口が異常に乾いたり、頭がぼーっとして眠気で何も出来なくなったりしました。
1、2週間ごとに通院し、合う薬を探すものの、まったく見つからず、電車に乗ることが難しくなったため、地元の病院に通い始めました。
サバサバしている女医さんが苦手との噂の病院でしたが、はっきり物事を伝えてくれる先生が大好きになり、投薬された薬がぴったり合ったので、そこに通うことにしました。
そこから3か月休職をし、異動をし、退職し、また転職、と私の転職人生が始まります。
まとめ

今回は躁うつ病と診断されるまでのことを書きました。
躁状態で病院に行くことはやはりほとんどないため、鬱状態で病院に行き、鬱病と誤診断されることの多い躁うつ病。
私は躁うつ病と診断されて、本当に良かったと思います。
今まで自分のことが大嫌いで(今も好きではないですが)、なんで当たり前のことができないんだろう、どうしてイライラするんだろう、喧嘩してしまうんだ、我慢できないんだと気に病んでいましたが、病気のせいなんだ、と少し開き直ることができました。
病気のせいでたくさん悩みましたが、診断されることによって、予防できたり自分を認めるきっかけにもなります。
理由がわかることは救いにもなります。
鬱病と診断されたけど、薬が効かない、あんなに絶好調だったのにと思ったことはないですか?
もしかしたら躁うつ病かもしれません。
日頃から気分の波が大きい、イライラしやすかったり、なにか症状があれば、病院に行ってみましょう。
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